救急当直初見殺しの一過性全健忘

医学

一過性全健忘=TGA:Transient global amnesia

経験があれば無難に対応できますが、全く知らないとガチで「未知との遭遇」みたいに困惑してしまうので、UpToDataを元にまとめました。自己判断でお願いします。

私が研修医の時に出会ってマジで困ったのを覚えています。

一過性全健忘とは

急性発症の前向性健忘(新しい記憶を形成できない)を特徴とする臨床症候群で、24時間以内(平均6時間)に改善するもの。しばしば見当識障害を伴い、同じ質問を繰り返す=Broken radio/record question(超重要)。症状改善後はエピソード中に起こった出来事を除いて、記憶機能は正常化する。

一過性全健忘の特徴は「同じ質問を繰り返す=Broken radio/record question」!

 

そもそも記憶とは…

記憶に関わる脳の回路:Papez回路海馬➡︎脳弓➡︎乳頭体➡︎視床前核➡︎帯状回➡︎海馬傍回➡︎海馬

新しいことを記憶する記銘力:recent memory

新しいことを記憶する能力=記銘力。非公式的な検査だが、最近の話題(今で言うとウクライナ事情?)や現在の首相の名前(知能にもよる…)などがよく使われる。

最もよく使われるものは、最初に3-5単語くらい覚えてもらって、即時記憶や作業記憶のテストが終わった5−10分程度経過した時に、覚えてもらった単語を繰り返してもらう。言葉が思い出せない時は、ヒントとしてカテゴリーを伝えてみる(「卵」なら、「食べ物」とか)、あるいは選択肢を挙げてみる(「牛」か「馬」か「犬」かなど)。普通の高齢者は3つならヒントなしで3つ覚えられる。しかしこれらのテストのエビデンスやカットオフ値などは今のところない。

→Papez回路を利用する。TGAで最も障害される

既に確固とした記憶となっていることを取り出す遠隔記憶力:remote memory

→幼少期過ごした場所、小学校の名前など。複数の大脳皮質が関与する。

 →TGAでは無傷

その場で聞いたことをすぐ繰り返す復唱(即時・作業記憶):immediate recall

→5−7桁の復唱、6桁ができれば正常とみなしてよい。Papez回路は利用しない。

 →TGAでは無傷

その他、意味記憶や手続き・運動的記憶

→以前から知っている言葉の知識や一般的情報、スポーツ、運転、料理、何かを教えること、楽器の演奏など新しい学習を必要としないもの。複数の大脳皮質が関与する。

 →TGAでは無傷

一過性全健忘では「新しいことを記憶する能力=記銘力」が最も傷害される

診断基準

<診断基準>
・発作が目撃され、発作中の情報が観察者から得られる。
・発作中、明確な前向性健忘が見られる。
・意識混濁・見当識障害がなく、高次機能障害は健忘による減弱のみに限られる。
・発作中、神経学的局所徴候は合併せず、発作後もない。
・てんかんの特徴がない
・発作は24時間以内に消失する
・頭部外傷や活動性てんかん(抗てんかん薬内服中または2年間以内に1度以上の発作)がないこと
何個満たしておけば診断される、とかはないみたい。
「一過性全健忘らしさ」が上記診断基準にどれだけ当てはまるか、という感じ。

疫学

発生率は5.2-10/10万人、60−65歳。50歳未満は稀

朝発症することが多い。

原因

今のところ原因不明とされている。海馬への微小脳梗塞が原因??

高血圧、糖尿病、脂質異常症など脳梗塞のリスクと考えられる一般的な合併症が危険因子とする報告もあり、有意差はないとする報告もある。

片頭痛がTGA患者では6倍多かったとする報告あり。再発のリスクも関連がありそう(37.5% vs 14%; p=0.03)(Alessandro L, et al. Arq Neuropsiquiatr. 2019;77(1):3.)

強いストレスや身体活動(激しい運動や性交など)、バルサルバ法、激しい痛みなども引き金になるとのこと。

海馬に小梗塞が見られた症例。ほとんどの場合片側性で左側にある。超急性期には見えないケースも。発症12時間後により見られる。平均2-4mmサイズ。thin sliceで撮像しないと見えない。

一過性全健忘は海馬への微小梗塞が原因かもしれない
全例MRI検査を行い、thin sliceで三方向から撮像しよう

 

鑑別疾患

TIAや脳卒中、せん妄(低酸素血症、代謝性脳症、中毒、脳炎)、解離性健忘症check、てんかん性健忘症

検査

一般的な神経学的診察。

脳梗塞に準じて血液検査、12誘導心電図、頭部CT。また全例で頭部MRIを撮像することが推奨されている(3D-DWI:海馬は普通のDWI矢状断じゃわかりにくい!必ずthin slice冠状断も!)(Michel P, et al. Stroke. 2017;48(8):2270. Epub 2017 Jun 5.)

記憶障害に対する検査は長谷川式認知症スケール(HDS-R)。記憶障害の検査は長谷川をやっておけばとりあえず大丈夫。

脳梗塞に準じて対応を!
記憶障害は長谷川を行う!

初期対応

まずTGA以外の危険な疾患を否定

すべてのTGA疑い患者に対して脳梗塞に準じた対応をすること(全例頭部MRI撮像)が推奨されている。

TIAまたは脳卒中

TIA、脳卒中の稀な症状としてあり得る。0.2-1.2%程度と推定されている。血管リスクがあれば、この可能性を考慮しなければならない。脳卒中のおけるTGA様症状のエビデンスのある既往として、椎骨動脈血管形成術および同血管のステント留置術(∵海馬はPCA灌流領域!!)、冠動脈造影、大動脈解離など。

てんかん発作、てんかん性健忘症

てんかんが原因で一過性全健忘は生じないとUpToDateには書いている。しかし、再発する健忘を主訴にてんかんが見つかった症例報告あり(千葉 智哉ら、臨床神経 2020;60:446-451)。つまり初発はTGAなのかてんかんによる症状なのかは区別不可能かもしれない。診断に苦慮する場合には脳波を取るしかない。

一過性てんかん性健忘 (TEA:transient epileptic amnesia)

てんかんの発作活動が海馬に限局し、意識減損なく健忘症状のみを呈する側頭葉てんかんの亜型とされている。T2/FLAIRでは海馬周辺に高信号が認められる。DWIはT2-shine-throgh。TGAとの鑑別には、TGAよりも不安や反復的な質問が少なく、発作中は前向性健忘よりも逆行性健忘が目立つ。(Zeman A, et al. Epilepsy Behav 2013;26:335-342./Bilo L,et al. Epilepsia. 2009;50 Suppl 5:58./Milton F, et al.Brain. 2010;133(Pt 5):1368. Epub 2010 Mar 31.)

解離性(心因性)健忘

しばしば自分の名前すら忘れる。逆行性健忘が特徴的。TGAに典型じゃない特徴を持つ。

治療

特に治療は必要ない。症状が本人・家族にとって恐ろしいものであるため、良性であることを説明する必要がある。血管リスクがあれば、その管理をすることは妥当である。しかし虚血性の病変がない限り抗血栓療法を行うことは現時点で推奨はされてない。

チアミン500mgを投与することが推奨されている(軽度なWernicke脳症はTGAと間違えられやすい)。

一過性全健忘は特段治療必要なし!チアミン500mgは妥当とされている。

予後

再発率は2.9〜26.3%。年間2.5〜5.8%とされている(耳学問であるが再発はしないと教わったが…)

TGA後死亡率やてんかん、脳卒中、認知症のリスクは増大しない。

しかし、TGAはもしかすると長期的に影響を及ぼし、思っているより良性じゃないかもしれないとするいくつかの研究がある。

TGAを発症1年後、記憶と注意を評価するテストではTGA後の方は有意に成績が悪くその1/3は軽度認知機能障害(MCI)を示した(Borroni B, et al. J Neurol. 2004;251(9):1125.)。しかし別のケースコントロール研究ではTGA後平均3年後のfollow upで神経心理学的検査に健常群との有意差はなかったとする報告もある(Uttner I, et al. Eur Neurol. 2007;58(3):146.)。

注意点

TGAを心因性や認知症の類いを考えない。脳梗塞はてんかん発作、薬物中毒の症状の可能性もある。十分注意されたい。

まとめ

一過性全健忘の特徴は「同じ質問を繰り返す=Broken radio/record question」!

一過性全健忘では「新しいことを記憶する能力=記銘力」が最も傷害される

一過性全健忘は海馬への微小梗塞が原因かもしれない全例MRI検査をthin sliceで!

一過性全健忘は特段治療必要なし!チアミン500mgは妥当とされている。

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